「栄養素バランス」なんてバカバカしい

そもそも
「栄養素のバランスを考えましょう」
と言いますが、

そう言っている人に聞いてみてください。

「あなたは生まれてこのかた、
栄養素を考えて食事をしたことがありますか?」

年間に数日程度ならあるかもしれませんが、
ほとんどやっていないでしょう。

私自身、一度もありません。

いま振り返ってみると、
栄養学科を専攻していた大学時代の実習で
栄養素を計算した程度です。

理由は簡単、あまりにもくだらないからです。

医師の土橋重隆氏との対談で、
次のようなことをお話ししました。

幕内
私は、大学出た後に2年くらい研究室に残ったんです。
そこでネズミの実験をしていたんですが、
研究室に動物の好きな女の子がいたんです。
ヒロコちゃんって言うんだけど、
ネズミを入れておくカゴに
「ヒロコ」って書いて、いつもかわいがって。

土橋
どんな実験をしていたんですか?

幕内
この海藻を餌に入れたら、
コレステロールが上がるとか下がるとか、
ネズミから血液を取って調べていたんです。
ただ不思議だったのが、そのかわいがっていたネズミだけ
データがぐちゃぐちゃなんですよ。
本当はコレステロールが上がるようなところでも、1匹だけ違うんです。

土橋
ああ、かわいがっているネズミがね(笑)。

幕内
採血の間違いが絶対ないとは言えないけれど、
どう見ても違うんです。
だとしたら、人間はどうなんだろうって。
ネズミがこうだったなら、人間はなおさら……。
もうそれで踏ん切りがついて、研究室を辞めたんです。

土橋
実験に感情が影響してしまうということですね。

幕内
ええ。
こんなことだったら、エビデンスなんて
何の意味があるんだろうって思ったんです。
栄養素しか見ていなければ、研究員でいられると思いますよ。
だけど、食品になると難しくなり、
食生活になるともっと難しくなる。
人間相手の食生活だったらもっと、わけがわからなくなる。
(幕内秀夫・土橋重隆著『じぶん哲学』ハンカチーフ・ブッックスより)


エビデンス( 科学的根拠)に意味はあるのか?

私が言いたいのは、
エビデンス(科学的根拠)の不毛さです。

個々の食材を扱うだけの
「食品学」であればまだわかりますが、
栄養学は生身の人間を対象にしたものです。

そこには、
右のように心や意識も関わりますし、
環境も関わってきます。

人の意識が介在することで、
動物ですら影響が出てくるのです。

植物でも、声をかけながら水をやると
花の咲き方が違ってくるという話を聞いたことがあります。

音楽をかけながら植物を栽培する人の話もよく耳にします。

普通に考えたら、いくらエビデンスを集めようが、
それだけではとても対応できないとわかるでしょう。

そもそも、私たちが生きていくうえで
必要な栄養素の種類も量も、
まだ本当にわかっているわけではありません。

いや、ずいぶんわかってきた、
栄養学も進歩してきたと思う人もいるかもしれませんが、
それは明治、大正時代の栄養学、
昭和30(1955)〜40(1965)年頃の
栄養学と比較したらそう言えるというだけのこと。

実際、個々の栄養素の評価はどんどん変わっていきます。

たとえば、かつてはビタミンCやカルシウムが
体を健康にする成分として話題になっていましたが、

そのうちグルコサミン、カテキン、
サポニンのような新しい成分が話題になり、
最近ではDHAやEPAが注目されているようです。

数年後にはまた違う何かが注目されるでしょう。

栄養教育といっても、その繰り返しなのです。

そしてそれは商品の宣伝に利用されるだけで、
健康に貢献しているかはわかりません。

これだけたくさんの成分が
注目されては消えることでも明らかですが、
私たちがわかっている栄養素はほんの一部にすぎないのです。

まだ決定的にわかっていない何かがあるかもしれません。

まず、そうした視点を持つこと、
栄養素の名前だけで食べ物について
理解しようとしないことが大事でしょう。
日本人のための病気にならない食べ方
日本人のための病気にならない食べ方
(幕内秀夫・著)


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