やってきたダライ・ラマ法王の使者

その日は、その夏いちばんといっていいくらい蒸し暑い日でした。

お昼ご飯が終わると、
昼寝の時間が2時間くらいあるのですが、
いつものように気持ちよくまどろんでいると、
学生の一人が部屋に飛び込んできて、

「お父さんたちが君を探しているから行ったほうがいいよ」
と教えてくれたのです。

胸がドキッとして一気に眠気がふっとびました。

寄宿舎生活が始まってまだ3カ月しか経っておらず、
新米だったからです。

そこにわざわざ父が来るなんて、
どうしたことかと思いました。

父たちが待っている場所に向かう途中、
まさか「お父さん、寂しくなっちゃったのかな?」と思ったり、
家でよっぽどのことが起きたのかもしれないなど、
さまざまに思いを巡らしました。

そこに着くと、
私の想像をはるかに超えた驚くべきことが待っていました。

まず、知った顔は父だけ。
ほかの人は知らない人たちばかり。
しかも、全員そろって正装をしているではありませんか! 

チベットで正装をするというのは、
たいへん地位の高い人に謁見するような特別なときだけです。 

さらに、敬意を表すカタと呼ばれる
白いシルクのスカーフを私に向かって捧ささげています。

おまけにみな一斉にお辞儀をし、
父まで祈りの姿勢で頭を下げている……。

自分の後ろにどれだけすごい高僧がいるのかと
振り返ってみても誰もおらず、
いったい何が起きたんだろうと困惑しました。

父に駆け寄って
「どうしたの? ここで何しているの? 何があったの?」
と問いかけても、目を合わせようともしてくれず、
ただ下を向き挨拶をするだけです。

そして、ダライ・ラマ法王からの親書を
私に捧げるように差し出しました。

親書には、前述したように
ダライ・ラマ法王の直筆によって、
私がザ・チョジェ・リンポチェであることがわかり、
リンポチェが東チベットで生まれたことや
亡くなったことやその背景などが詳しく書かれていました。

父が目を合わせようとしなかった意味がそこでわかりました。

チベットでは、
高僧と目を合わせることは失礼だとされているのです。 

すさまじく大きな変化が突然我が身に起こったわけです。

ただただ茫然と立ち尽くしていると、
すでに私のために用意されていた席に、
「どうぞお座りください」と
自分よりずっと年上の僧侶が丁寧に促してくれました。

おずおずと椅子に腰かけると、
父も、使者たちも、学校の先生たちも

みんなして私に向かって五体投地
(五体すなわち両手・両膝・額を地面に投げ伏して、
 仏や高僧などを礼拝すること。
 仏教において最も丁寧な礼拝方法の一つ)
を始めました。

使者の中には、75歳くらいの僧侶もいました。

そして、
「私はあなたの弟子です。転生したリンポチェ様に
また自分が生きている間に再会できるなんて」
と言いながら、滝のように感動の涙を流しているのです。 

そんな様子を目の当たりにしながら、
とても複雑な気持ちになりました。

なぜなら、
私はお坊さんになりたいと思ったことがなかったからです。

突然、
「あなたは高僧の生まれ変わりですよ」と言われても、
自分としては期待もしていませんでしたし、
戸惑うばかりでした。

私は、
「少し自分の部屋で一人になる時間がほしい」
と伝えるのがせいいっぱいでした。


チョンジュル少年からリンポチェに生まれ変わった瞬間

自分の部屋に戻る途中、
いままで仲良くしてくれていた友達がみな
自分を「リンポチェ」としてみている視線を感じました。

「ああいままでの自分、チョンジュル少年はいなくなってしまったのだな」
と、ふと感じる瞬間でした。

自分はもう「リンポチェ」なのだと。

リンポチェになれば、
学校をやめて僧院に入ることになります。

物理的に家族とも友達とも会いにくくなります。

確かに、それが寂しくないかと言われれば、寂しいものです。

でも、そういったセンチメンタルな感情以上に、
周りがもう自分のことをチョンジュルではなく、
リンポチェだと思っているのだから、
自分はその新しい人生を生きていくほかない
という事実を受け止めることが急務でした。

今生、私は二人の人生を歩んでいます。

一人はチョンジュル少年。
彼は16歳で死んだと思っています。
そして今の私です。

日本人にはなかなか受け入れ難い感覚かもしれませんが、
チベットの社会では、
輪廻転生は当然のものと信じられています。 

私も僧侶になる前からそう信じていました。

だから、誰も死ぬことを恐れてはいません。

とはいえ、
輪廻を信じているチベットの精神風土の中でも、
固有の人物の生まれ変わりは奇跡的なものです。 

チベット仏教では、
永遠の意識の流れが存在することを示してはいますが、
それは同じ個人に生まれ変わるという意味ではありません。

しかし、稀に個人の転生物語が誕生し、
社会全体で正式に認められることがある。

それが、ダライ・ラマ法王であったり、
リンポチェのような、いわゆる高僧において
しばしば見られることなのです。

私自身、自分の身に起こった
生まれ変わりの奇跡にたいそう驚きはしましたが、
そういった精神的バックボーンを持っていたので、

私は自分がザ・チョジェ・リンポチェの転生者であることや、
周りがこの出来事を境に自分をリンポチェとして見るということを、
ある意味当然のこととして受け入れられたのだと思います。

もし反対に私が彼らの立場だとしたら……。

たとえば私の学校の友達がリンポチェの転生者だったとして、
彼の元に使者が迎えにきたら、
自分もその友達をその瞬間から
「リンポチェ」だとみなしていたでしょう。


王様のような生活が始まる

夕方になって、父たちの元に行き、
「次、僕はどうしたらいいの」と聞きました。

私の頭をチラ見するみんなの視線でそれはすぐわかりました。

私はロングヘアーをさっぱり切って、
僧院に向かいました。

僧院に行くと自分のための料理を作る人、
自分の身づくろいをしてくれる僧侶など、
お世話係が10人以上いる、
まるで王様みたいな生活が始まりました。

高僧に必要な教育は3、4歳の子供のときから
始められることが多いですから、16歳の私は
ずいぶん出遅れてスタートしたことになります。

その遅れを取り戻すために特別チームが組まれ、
24時間監視されながら、
毎日14時間以上勉強する生活になりました。

僧院に行って2年くらいは、
慣れないせいもあって
あまり居心地がよいとも思えませんでした。

でも自分のための玉座が作られたり、
正式な儀式の前は剃髪をして
リンポチェとしての衣装をまとったりという暮らしを続ける中で、

それまでの自分とは
内面から何かが変わった
と感じるようになっていきました。

あなたのなかの幸せに気づく チベット聖者の教え
あなたのなかの幸せに気づく チベット聖者の教え
ザ・チョジェ・リンポチェ (著),‎ 福田典子 (翻訳)


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