100年ルール 大した問題じゃない

用途と用例
◎自分の判断を見直すとき。 
◎自分の悩みの大きさを見直すとき。 
◎自分の問題の重大さを考え直すとき。


=レシピ=
■ 問題を前にしたとき、災難に見舞われたとき、
不安で仕方なくなった ときに、以下のように自問自答する。

→「これは 100 年後にも重大なことか?」
「これは 100 年後にも誰かに記憶されていることか?」

→100 年が長すぎる場合は、30年や5年など、より短い時間を用いてもよい。 

→この変種で、極めて短い時間を設定するものもある。

こちらも予期不安から問題を過大視している場合に効果がある。 

「これは5分後も重大な問題か?」
5分後という短い確定した時間内では、
不安をもたらす何事も現実には生じないことが確認できる。


=サンプル=
テストに対する不安を解消したい

テスト不安は多くの人が経験する一般的なものだが、
こじれると試験のための準備も手につかず、
そのせいでさらに不安が高まる、
という悪循環に陥ってしまう。

最悪の場合、不安から逃れるため、
試験を受けることを放棄するようになる。


なんとか試験期間を耐えしのげば、当然、
一時的には不安は消えるだろう。

しかし、次の試験まで何の対策もせずに過ごすと、
数ヶ月後、また同じ悪循環に陥ることになる。

テスト不安の背景にはテストに失敗することへの恐れ、
成功せねばという信念と、ここから生まれる緊張、
他者に評価されることへの心配などが存在する。

不安のために準備が手につかないという状況を打破するため、
ここでは「100年ルール」では長すぎるので、
5年ルールを使ってみよう。

→Q「次のテストは5年後にも重大なことか?」
A「5 年の間にはもっと重要な入学試験が過ぎている。
次回の小テストはそれに比べれば影響があるにしてもずっと小さい」

さらに 5分ルールもやっておこう。

→Q「次のテストは5分後には重大な問題か?」
A「5分後にはテストはまだ始まっておらず、今と状況は変わってない。
テストまで、あと48時間以上ある。......
恐れているのはテストの結果が悪いことで......

だから、少なくともテストまでは、
いやテストの結果が返ってくるまでは、
実際のところ何か悪いことが起こるわけではない」


=レビュー=
*高みからのジョンソンの問い

18世紀イギリスにおいて「文壇の大御所」と称され、
今も敬愛の念を込めて「ドクター・ジョンソン」と呼ばれる
文人サミュエル・ジョンソン(1709 - 1784)であるが、

現在では座談家としての評価や彼自身の人気が
文学的名声を凌ぐほどである。

クラブ向きの男(Clubbable man)と呼ばれ、
クラブでの談論風発を好んだ典型的イギリス人として知られる 
ジョンソンの人物像は、
彼の伝記『サミュエル・ジョンソン伝』の描写に負うところが大きい。

日記風にジョンソンの言行を描くこの伝記を書いたのが、
ジョンソンが1763年に出会った30歳年下の友人
ジェイムズ・ボズウェルである。 

心理学者のジリアン・バトラーによれば、
サミュエル・ジョンソンはこのボスウェルに
こんな問いを投げたことがあったという。

" Will this matter in 100 years from now? "
 (こいつは 100 年後にも重要か?)

我々が出会う大半の問題が消し飛ぶほどの
高所から見下ろしたパワー・クエスチョンだが、
認知行動療法(→ぐずぐず主義克服シート、202ページ)の
専門家であるバトラーはこの問いを、

セルフヘルプで不安をうまく取り扱う
(距離を置いて扱えるようにする)方法として用いている。


*ブレットの短い問いと妖怪の長い目 

同様の思考は他のところにも発見できる。

近年には、2006年、書き手が90歳と誤認されて
TwitterやFacebookなどのSNSで拡散した
「45 Life Lessons Written by a“90-Year- Old”Woman(90 歳の女性が書いた 45 の人生教訓)」
の24番目にも、よく似た質問がある。

24. Frame every so-called disaster with these words: "In  ve years, will this matter?" 
(とんだ災難にイライラしたらこう自分に問いかけて。「これは5年経っても大事なこと?」)

これを書いたレジーナ・ブレットは、当時、実際は45歳であり、
乳がんを化学療法で克服した経緯を書いたコラムで 
National Headliner Award を受賞した作家・コラムニストである。 

彼女はこの人生教訓を拡張し、
『God Never Blinks: 50 Lessons forLife's Little Detours』
という書籍として出版し、「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーとなった。

ちなみに出典を探し当てることができなかったが、
漫画家の水木しげるによる
「何百年生きる妖怪にとっては人間の悩みなど問題というに足りない」
との趣旨の発言を聞いた覚えがある

(もし出典が明確になっていれば、「人間原理」の向こうを張って、
この節の技法名を「妖怪原理」とするところだった)。


*人は神にも妖怪にはなれない 

この技法が実際に力を発揮すれば、
ほぼ最強の問題解決ツールとなるはずである。

なにしろ、我々が出会うような問題は、
ジョンソンの100年(それが駄目なら、妖怪の数百年)の
スケールを持ってすれば、ほとんど霧散してしまうからである。

つまり、手順を踏んで問題を解決するのでなく、
物の見方を変えるだけでほぼ一瞬で解消してしまう。

問題の察知、定義、分析、解決策創案、選択、実行
といったステップを踏んで、地道に行う問題解決が馬鹿らしくなるだろう。

あいにく(そして幸いにして)、日常という地べたを這う我々には、
妖怪となることも、その視点を得ることも叶わない。

我々が妖怪になり変わることがありえたとしても、
付喪神(九十九神)のように長い時間(99 年)の後か、
あるいはもっと長く数百年後のことになるだろう。 

そのとき、問題は確かに消えてしまっているだろうが、
我々もまた違った何かになり果てている。

では、この問いには児戯(じぎ)以上の何の意味があるのだろうか?


*思考実験としての100年ルール

もし100年後から(あるいは妖怪の目で)目下の問題を眺めたら、
どのように見えるだろうか、と考えることは、
一種の思考実験と見なすことができる。

この思考実験を通じて、我々は問題の重大性やその成り立ちが、
何に依存しているかに光を当てることができる。

たとえばテスト不安は、実はテスト自体ではなく、
採点後の結果が望んだレベルに達しないのではないかという恐れ、
成功せねばという信念から生まれる緊張、
他者に評価されることに関する心配などから生じている。

そうした不安が、テストを受けることや、
テスト勉強にまで拡大していることから、テスト不安は問題化する。

100年(5年)ルールは、そうした不安の過大評価を和らげ、
5分ルールは本来の場面から波及した不安を、
元の限定された場面に押し返す効果がある。


*問題との間に距離を取ること 

困難や問題に直面すると、
それらの困難・問題は動かしがたい現実として、
全面的に自分の行く手を遮るように思われることが少なくない。 

困難・問題に圧倒されてしまうと、
自分の意志を貫くことは差し控えられ、注意や記憶、
思考能力を十分に問題解決に振り向けることも難しくなる。 

問題を重大なもの、あるいは問題を問題たらしめている
背景や前提を明らかにすることは、問題との間に距離をとること、
隙間をあけることである。

100年ルール(あるいは5年ルール)が設ける
100年(5年)という時間の隔たりは
(あるいは妖怪という人外からの視点は)、

問題との間に距離を置くことを助け、
問題に圧倒されることから問題解決者を救い出す。

すなわち100年ルールは、不安や恐怖に圧倒され、
問題解決のパフォーマンスを落として、
なおさら不安・恐怖に陥る悪循環から、
〈距離をとる〉効果によって、抜け出すための技法である
問題解決大全
『問題解決大全――ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール』
読書猿 (著)


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