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仏さまに仕えて八〇年

私は一〇歳になって間もなく、
近くの寺に小僧にやられ、
その寺の和尚さんから最初に教えられたお経は
『舎利礼文』という短いお経でした。

「一心頂礼 万徳円満 釈迦如来……」

という出だしですが、


私は

「一銭ちょうだい、まんじゅう買って、
 しゃかにょらい……」

と、子供なりにくふうして覚えた記憶があります。


暗誦(あんしょう)できるようになると、
お墓参りにきた檀家の人たちと墓地に行って、
この短いお経を三回くり返してとなえたものです。

終わると「かわいいお坊さんだね」といわれ、
よく五銭、十銭とお布施をいただきました。

そのお金でほんとうにまんじゅうを買って、
和尚さんにかくれて食べたうれしさが、
いまでもなつかしく思い出されます。


お経が読めるようになった小僧にとって、
うれしくもあり、つらくもあったのが旧正月です。

和尚と一緒に一軒一軒檀家回りをするのですが、
たいてい和尚は世話人の家に上がり込んで
お酒をごちそうになるので、
実際の檀家回りは小僧の役目でした。

私が檀家回りを終え、
和尚が上がり込んでいる家にもどるころには、
いつも和尚はすっかりでき上がっていて、
酔った和尚の手を引きながら
お寺に帰らなくてはなりませんでした。

あのころ、旧正月あたりには
決まって大雪が降ったものです。

世話人の奥さんが用意してくれた
提灯(ちょうちん)を下げて、
よろよろと雪道をはうように歩く和尚を支えながら
一里も二里も歩いて帰る途中、
支えきれなくなって二人で転ぶこともありました。

転びそうになると、
和尚は私の肩にもたれるようにして、
「おっととと、とうじんだんだんねーか」

と観音経(かんのんぎょう)の一句を
唄(うた)うように幾度もとなえていました。

それは機嫌のいい証拠で、
こうした小僧時代を思い出すたびに、
酒くさい息を吐きながら和尚がとなえていた
このお経が聞こえてきます。

一九歳のときに仙台の仙岳院に移り、
やがて私の師父にあたる仙岳院の荒眞了大僧正が、
上野の寛永寺の住職として
招かれるのにともなって上京。

その後仙台にもどり、
いくつかの寺の住職を務めながら
教職にもついていましたが、
もう一度天台学を
学び直したいという思いにかられ、
再度上京して大正大学の大学院に入りました。

その折り、仙台の女子高に奉職していた家内も
東京の女子高に職場を移し、
学業のかたわら商社勤めをしていた私を
支えてくれました。

そして、四五歳のときに天台宗の
「海外開教使」としてハワイに渡ってから
四五年近くもの歳月が流れました。

この間をふり返ってみれば苦労の連続で、
とくに最初の一〇年間は、
寺を維持するための努力が
いっこうにむくわれない状況におちいり、
子供の給食費さえ払えない貧しさに
幾度もくじけそうになりました。

ハワイで布教に乗り出したものの、
天台宗はもっともおくれていましたから、
まず、浄土真宗を中心とした宗派の
厚い壁にぶつかりました。

天台宗の檀家はたったの一軒。

日本と同じような檀家制度は
望むべくもありませんでした。

しかし、開教使の役目を理解し、
よくつくしてくれている家内を前にして
弱音を吐くことをよしとせず、
何とか頑張っているうちに、
友人・知人の協力を得て、
すこしずつ光明がみえはじめました。

檀家のない寺を
どのように維持するかを問われた私は、
皆さんの協力を得ながら
苦労して建てることができた
この天台宗ハワイ別院を、

日本文化をハワイに伝えるための
文化センターにしようと思いいたったわけです。

そしてその上で、従来の檀家制度ではなく、
信者の組織をつくっていくことを目標に、
書道、生け花、日本画、茶道など、
日本文化紹介のための
「天台文化教室」を別院内に開き、
おかげさまで多くの方に
参加していただけるようになりました。

どの宗派の方であろうと、
日本文化に関心を寄せる人は多く、
この教室は外国の人たちにも
注目されるようになり、
人の輪は次第に広がっていきました。

ハワイのテレビに八年間毎日出演して
『一分間法話』を続けたことも、
天台宗ハワイ別院の存在を多くの人に
知ってもらうことにつながったと思います。

また、「花まつり」を主催して
アラモアナセンターで行ったり、

休眠しかけていた日本語学校を
天台宗ハワイ学院として
再生することもできましたし、

ハワイの各国仏教会やキリスト教徒の参加も得て、
「灯籠(とうろう)流し」が
恒例行事となったことも

当別院の大きな成果といえます。

このようにして皆さんの大きな力を得ながら、
人が集まる場をつくることはできましたが、
私はいまだに、それがすべてではないものの、
講演会や展覧会のために
日本とハワイをしょっちゅう行き来し、
別院運営のための浄財をつくるために
奔走しています。

正直、この老境に入り
「いつまで続くぬかるみぞ」
と思うことはありますが、
このように不自由なく体が動かせる幸せは、
丈夫に生んでくれた両親のおかげであり、
お釈迦さまのお導きあってのことと
感謝せずにはいられません。

死ぬまで穏やかに過ごす こころの習慣
死ぬまで穏やかに過ごす こころの習慣
荒了寛 (著)


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