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高橋みなみ
「努力は報われると、
 私は人生をもって証明します」

「努力は報われる」という言葉をどう思いますか?

そのとおりだ、とおっしゃる方もいるでしょう。

ただ、そう肯定するとき
「努力は報われてほしい」という願望が、
その言葉の中には含まれているのでは
ないでしょうか。

「努力は報われる」が、100%事実なら、
これほど多くの人が「努力は報われるんだ!」と
声高に主張しつづける必要はないからです。

もちろん、
「努力は報われるなんて、そんなのウソだ」と
おっしゃる方もいるでしょう。

ある程度社会の仕組みを知り、
ましてや自分の将来がなんとなく見えてくる
年齢の人にとっては、
迷いのない真っ直ぐな言葉は気恥ずかしく、

こうした発言は否定的な感情を
呼び起こしてしまうものかもしれません。


「努力は報われる」というと、
アイドルグループAKB48の
かつて“メンバー兼総監督”を務めていた
高橋みなみさんが

2011年から2014年の
選抜総選挙の開票イベントで、
毎年この言葉を発言され、

話題になったことを覚えていらっしゃる方も
多いでしょう。

もちろん、ゆっくりと感情を噛みしめ、
涙ながらに訴える高橋さんを見ていると、
本当にそうだなと声援を送りたくなり、
前向きな気持ちになるのも事実で、

彼女の発言がしばしば、
「名言」と評されるのもうなずけます。

聞いていると励まされるような力が、
彼女の言葉にはありますね。

だからこそ、高橋さんはずっと
AKB48で中心的な位置にいられたのでしょう。


しかし、この発言を冷静に吟味してみますと、
半分は本当でしょうが、
半分は美しい虚構と考えたほうがいいでしょう。

そもそも高橋さんほどの「努力家」が、
ファンに与える自分の言葉の効果を
意識していないとはとても思えないからです。


本書ではまず、
「努力は報われる」の真偽を問うことから
はじめてみましょう。


「努力は報われる」は半分本当である

まずは「半分本当である」理由を、
人体の機能という側面から考えてみましょう。

人というのは通常、持っている力のすべてを
出し切って生きているわけではありません。

「本当はここまでできるはず」

という最大値の半分、
がんばってもせいぜい8割くらいしか
力を出していないのです。

全力を出し切ってしまうと
身体へのダメージが大きいからです。

少し遊びを残しておくのでないと、
回復に時間がかかりすぎるのです。

その間は外敵・外圧から
身を守ることも逃げることもできず、
自分を危険な状態に晒(さら)すことになります。

これは、自分を守るための、
自動的に働く生物に備えつけられた
セキュリティ機能です。


脳という器官に焦点を当てて考えてみましょう。

脳はそのサイズに比べて、
酸素要求量も栄養の要求量も飛び抜けて大きい。

ですので、なるべく無駄なことはせず、
リソースを節約しながら使おうとします。

つまり、脳としてはなるべく、
考えないで済むことは考えない、
覚えないで済むことは覚えないでおくように
したいわけです。

そして、使わない機能については
抱えているだけでも負担になりますから、
どんどん機能をリストラする方向に、
常に圧力がかかっているのです。


では、そのまま放っておくと、
どうなると思いますか?

覚えないで済むこと、
考えないで済むことを放置しておくと、
本当に覚えられない、考えられない脳になります。

つまり、負荷がかからないと、
どんどん機能が錆(さ)びついていってしまう。

そういう性質が人体にはあります。


筋肉も同様ですよね。
あるレベルのパフォーマンスを
実現したいと思ったときには
相応の負荷をかけなければなりません。

その負荷というのが努力です。

だから努力をしないと
発揮できるパフォーマンスは
どんどん落ちていきます。


逆に、適切な努力をした人は、やった分だけ、
自分が持っている可能性の最大限まで
力が出せる身体に近づいていきます。

それが「努力は報われる」という言葉で
表現される、ウソでない部分です。


為末大の正論と、エジソンの名言の真意

では、「半分美しいウソ」というのは、
どういうことなのか?

たとえば今、月に一度のエクササイズも行わない、
そもそも走ることが嫌いな人がいたとします。

その人は、努力すればウサイン・ボルトのように
速く走れるでしょうか?

どう考えても無理ですよね。

科学者らしく誠実な言い方をするにしても、
極めて低い可能性しかない、
と言わざるを得ません。

やはりボルトにはボルトにしかない
才能があります。

しなやかかつ強靱な筋肉、
速く走るのに向いた美しい骨格を、
普通の人は持っていません。

確かに努力すれば、
その人の持つ可能性の最大値までは
スピードアップできます。

けれども、限界を突破して
ウサイン・ボルトのように優れた記録を
残せるほど走れるか、というと、まず不可能です。

そのような意味では、
才能は遺伝的に決まっています。

つまり、「努力は報われる」はウソ、
ということになります。

そもそも、この言葉に気恥ずかしさを感じるのは、
誰でもそうした現実を目(ま)の当たりにし、
意識的にせよ無意識的にせよ、
そのことを知っているからかもしれませんね。


じつは、同様のことを
日本人の元トップアスリートも語っています。

400メートルハードル日本記録保持者で、
3大会連続でオリンピックに出場し、
現在はコメンテーターや指導者として活躍している
為末大(ためすえだい)さんは、

2013年の10月に、
ツイッターで次のような発言をして
「炎上」しました。


「やればできると言うが
 それは成功者の言い分であり、
 例えばアスリートとして成功するためには
 アスリート向きの体で生まれたかどうかが
 99%重要なことだ」

「成功者が語る事は、
 結果を出した事に理由付けしているというのが
 半分ぐらいだと思う。
 アスリートもまずその体に
 生まれるかどうかが99%。
 そして選ばれた人たちが努力を語る。
 やればできると成功者は言うけれど、
 できる体に生まれる事が大前提」


よく知られているエジソンの名言に、

「1%のひらめきと99%の努力」

という言葉がありますね。


これほど誤解されている言葉も
珍しいと思いますが、
エジソンの真意としては、

99%努力しても1%のひらめきがなければ無駄、

ということを言いたかったのだといわれています。


為末さんは、アスリートの身体に生まれることが
99%とおっしゃっていますね。

言い方を変えれば、

「いくら努力しても、
 アスリートの才能がなければ無駄」

ということです。

趣旨としてはエジソンの言葉と同じです。

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