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高校受験に失敗し、
ふとしたことから占いの道へ

ここで、なぜ私が占いに
興味を持ったのかについて、
少し述べておきたいと思います。

ひとつの大きなきっかけとなったのは、
有名私立高校の受験に失敗し、
中卒で学歴を終えたことでした。

不合格となった原因は、
数学がまったくできなかったことです。

ほかの教科はともかく、
数学については学ぶこと自体が無意味に思えて、
興味も意欲も湧きませんでした。

「社会へ出てからレジを打つときに
 数学なんかいらないじゃん」

と思っていたくらいですから、
できなくて当たり前です。

おそらく試験は0点だったはず。

それが足を引っぱりました。


しかし、薄々わかっていたこととはいえ、
不合格の知らせを受けたときは、

「オレの人生、これで終わった」

と思いましたね。


大手予備校の大検コースにも行ってみたのですが、
その初日に、中学生にしか見えない
小さな女の子が階段のところで
タバコを吸っているのを見てしまい、

「ああ、ここは無理……」

と思って行かなくなりました。


それからは、学校でさせられるような
勉強らしい勉強はしていません。

適当にアルバイトをしてお金を稼ぎ、
家に入れることはしないまでも、
自分で使う分くらいは何とかしていました。

両親からお小遣いをもらうよりは、
バイトをするほうがはるかに気楽でした。

実は、受験に失敗する前から、
私は家庭内で孤立していました。

両親をはじめ、
一族郎党の多くが某有名私立大学の卒業生で、
その大学へ行くのが当たり前という
環境下で育ったものの、

それになじめないどころか、
かなりの反発を覚えていたのです。

小学生のころは、
サッカー部と水泳スクールと塾で、
帰宅するのは毎日夜の12時くらい。

ブラック企業で働く
システム・エンジニアなみの生活でした。

しかも、自分の意思でやっていたのではなく、
親にやらされていた。

心身ともにパンパンで、壊れていました。

家庭の都合で転校を経験したことも、
あまりよくなかったのかもしれません。

転校生って、からかわれたり、
いじめられたりするでしょう?

そのときの危機感をずっと抱えていたせいで、
ちょっとでも何かあると、
手を出すようになってしまったのです。

そんなことをしたら、
クラスの皆からは総スカンを食らいますよね。

手を出した後で、
誤解とわかったら「ごめん!」と
謝りはしていましたが……。

また、学歴にこだわるわりに、
ごく普通の勤め人でしかない父や、
どこにでもいそうな主婦をやっている母に、
矛盾や疑問を感じていた面もあります。

いささか痛烈な表現を用いるなら、
高学歴の持ち腐れではないかと思っていました。

だって、そうじゃありませんか?

学歴を活かして活躍しないのなら、
よい大学に行ってもムダというものです。

もともと私は、
目先の損得につられて行動するタイプです。

反対に言えば、
何の利益にもならない単調なことが
極端に苦手です。

たとえば、マラソンや筋トレは絶対にできません。

一時の気まぐれで始めたとしても、
すぐにやめてしまうでしょう。

一方、目先の欲が満たされることには
敏感に体が反応します。

たとえば、
銛(もり)とバールを持って沖縄の海へ潜ったら、
面白いくらい魚介類がとれますから、
一日中でも海にいられます。

そんな私の目から見れば、
数学の勉強をすることも、
骨身を削って有名私立大学卒という
肩書だけを得ることも、
まったく意味がないように思えたのです。

それに比べて、占いを学ぶことは、
目先の利益につながりました。

たとえば相性です。

自分と相手がいれば、そこには当然、
利害関係が発生します。

そのときに、
自分と相手の特性やお互いの相性を知っていたら、
うまく立ち回ることができます。

それに気づいた瞬間、
相性を勉強しようという意欲が湧きました。

最初にチェックしたのは、
自分と家族との相性です。

家庭内で孤立していたことは
すでに触れましたが、相性を調べた結果、
自分の感覚とほぼ一致していました。

また、相性が目先の利益に
直結すると気づいてからは、
自分が会った相手を見て、

「この人は何年生まれだから
 自分との関係はこうで……」

と、常に分析して、
これについてもデータを蓄積していきました。

それが習慣化しているせいか、
私は会った人の生年を一度聞いたら忘れません。


なお、第6章で詳しく述べますが、
相性の悪い相手とは、
下手に仲よくしようなどと思わないのが正解です。

ある程度の距離を取り、
コミュニケーションは必要最低限にとどめて
淡々とつきあうほうが、
お互いにとって快適ですし、
運気を傷つけることもありません。


ちなみに、
占いの世界とのファースト・コンタクトは、
とある雑誌に載っていた占いの
通販教材の広告です。

ちょうど、高校受験に失敗する一方で、
同年代の子たちが学力や知識を
つけていくのを見て、
自分も何かしなくてはという気持ちが
強くなっていた時期でした。

いかにもよさそうな謳(うた)い文句が
連ねてある広告に心を動かされ、
教材を取り寄せたのです。

その教材自体は、今にしてみれば
眉唾(まゆつば)ものだったと思いますが、
占いを知るための入り口にはなりました。

その後、『高島易断本暦』を見て、
意味のわかるところだけを拾い読みしていき、
生活に取り入れるようになりました。

そんなことを始めたのが、10代の終わりごろです。

20歳を過ぎたころ、
より確かな手応(てごた)えを感じるような
出来事が起こりました。

家相上、よくない位置にあった自宅の仏壇を、
私の見立てによって動かしたのです。

といっても、
すんなりと移動できたわけではありません。

何しろ、私とほかの家族とは
基本的に仲がよくないのです。

「仏壇の位置がよくないから動かしたい」

と言ったら、

「なぜそんなことをするんだ」
「毎日お参りしやすい場所に
 置いてあるんだから、これでいい」

と主張する両親と大ゲンカになりました。

しかし、それを力ずくで
押し切って移動したところ、

しばらくすると、
あれほど長期間にわたって続いた
家庭内の不和が徐々におさまり、
静かになっていきました。

こうした小さなことの積み重ねから、
「占いは使えるツール」という確信を深め、
相性、家相、方位などに関する
知識の習得と実践を重ねて、
効果を確かめていったのです。


スゴ運。
スゴ運。
唱田士始矢 (著)


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