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奇跡が起こった後で


幸運にも医師としてのキャリアの中で、
私は何度も奇跡的な治癒を目撃するという
特権に恵まれました。

それは1988年、
ボストン郊外にある私の診療所へ
32歳のインド人女性が
診察を受けに来たことから始まりました。

彼女は青い絹のサリーを身にまとい、
私の前に静かに腰を下ろしました。

冷静さを保つために、
膝の上に置かれた両手は
固く握りしめられていました。

名はチトラと言い、夫のラマンと一緒に
ニューヨークシティで輸入品を販売する店を
経営していました。

その数か月前、チトラは左胸に、
触れるとわかるような
小さなしこりがあることに気づきました。

摘出手術を受けましたが、不運にも、
そのしこりは悪性であることがわかりました。

外科医がさらに精密に調べると、
がんは肺に広がっていることがわかったのです。

がんのあるほうの乳房と、
その周囲の組織を広範囲にわたって切除した後、
チトラの主治医は初回の放射線治療をし、
そして集中的な化学療法を行いました。

これは、乳がん患者に対する
標準的な治療法であり、
それによって多くの命が救われてきました。

しかし肺がん治療はさらに厄介なものでした。

チトラが危険な状態にあることは
誰の目にも明らかでした。

診察していくうちに、
彼女が不安にとりつかれていることに
気づきました。

私が安心させようとすると、
こんないじらしい言葉を発し、驚かされました。

「もし死ななくてはならないとしても、
 自分のことはどうでもよいのです。
 でも夫は私がいなくなったら
 とても寂しがるでしょう。
 寝たふりをして、夫のことを考えながら
 一晩中起きていることが時々あります。
 ラマンは私のことを愛しています。
 でも私が死んだら、アメリカ人の女性たちと
 デートし始めるでしょう。
 私はアメリカ人の女性に彼を奪われることは
 我慢できないのです」。

彼女は話をやめ、苦しげな眼をして私を見ました。

「こんなことを言うべきではないとは
 わかっているのです。
 でも先生は理解してくださると思いまして」

がんによって生み出される悲しみというものに
慣れることはないでしょう。

しかし時間こそがチトラの敵であると知り、
私は深い悲しみに襲われました。

その時点では、彼女はまだ健康に見えました。

彼女は自分が弱っていくのを
人に見られることをおそれ、
親戚(しんせき)にもなんとかして
病気を隠そうとさえしていました。

それが彼女にとって非常に
よくない影響を与えるだろうことは
私も彼女もわかっていました。

進行した乳がんの治療法を知っていると
断言できる人はいません。

従来の治療法でできうる限りのすべてが
チトラに施されました。

がんがすでに他の臓器に転移したとしても、
統計的に5年間の生存率は10%以下でしょう。

アーユルヴェーダに基づく
新しい治療法を始めてみないかと
私は尋ねました。

私と同様に、チトラもインド育ちでした。

しかし彼女はアーユルヴェーダの知識を
ほとんど持ち合わせていませんでした。

祖父母の世代が、
アーユルヴェーダを信じていた
最後の世代だったのです。

今日、大都市に住んでいるような
進歩的なインド人なら、
経済的な余裕があれば西洋医学のほうを
好むだろうということは
想像に難くありません。

なぜ一見進歩に逆行するようなことを
勧めるのかチトラに説明するために、
私は、彼女のがんは
ただの身体的な病気ではなく、
ホリスティック(全体的)なものであると
説明しました。

彼女の体全体が、
がんになり苦しんでいるということを
わかっていました。

肺から採った組織サンプルは
悪性の細胞の存在を示していましたが、
肝臓から採ったサンプルには
悪性細胞は見つかっていませんでした。

しかし彼女の肝臓には悪い部分を流れてきた
同じ血液が流れているので、
肺から来る病気の信号を受け取っていました。

今度は肝臓の機能に影響を与えるわけです。

同様に、胸に痛みを感じたり
息切れのために座り込むようなとき、
信号は脳を出入りしつつ、
体全体を駆け巡っています。

痛みを感じると、
脳はそれに反応しなくてはなりません。

憂鬱(ゆううつ)と不安に加えて、
彼女が感じていた疲労は、
身体的な結果として表れた脳の反応でした。

だから、彼女のがんを、
ただ単に破壊する必要のある
孤発性の腫瘍として見なすのは
間違いでした。

彼女はホリスティックな病に侵されており、
そのためにホリスティックな医療を
受ける必要があったのです。

従来の医師たちが
得てして不快になりがちな、
この「ホリスティック」という言葉は、
ただ心と体をともに見ていくアプローチを
意味しているだけです。

アーユルヴェーダは、
一見するとその効果は
あまりわからないかもしれませんが、
どんな代替医療よりも効果的だと
私は信じています。

実際、催眠やバイオフィードバックのような、
広く認知され、心身両面を扱う多くの療法は、
アーユルヴェーダよりも
ずっと目立つ存在です。

もしチトラがボンベイで病気になっていたら、
彼女の祖母はなにか
特別な食事を作ってくれたり、
アーユルヴェーダの薬局で茶色の紙袋に入った
薬草を買ってきてくれたり、
そしてベッドで寝ていなさいと
言ったでしょう。

がんによって生じる毒素を
体から取り除くために、
さまざまな下剤やオイルマッサージが
処方されたかもしれません。

もしスピリチュアルな伝統を
重んじる家庭であれば、
瞑想を始めていたかもしれません。

私も基本的に、
いくつかの追加事項はあるものの、
同じことを彼女に対して行おうと
思っていました。

その中のどれがどうして効くのか、
まだ科学的な説明はなされていません。

しかし確かなのは、
効果があるということです。

アーユルヴェーダは、
本質的に自然の中のなにか深遠な部分に
作用したのです。

その知識はテクノロジーではなく、
叡智に根差しています。

私はその叡智を

「何世紀にもわたって集積された、
 人類という有機体に関する
 信頼に足る理解」

と定義します。

「ボストンを離れて1〜2週間、
 特別なクリニックに
 行ってもらおうと思います」。

私はチトラに言いました。

「そこでは、とても不思議な体験を
 することになると思います。
 あなたが病院に対して持つイメージとは、
 人工呼吸装置や点滴管、
 輸血や化学療法といったものでしょうが、
 その基準からすると、
 そのクリニックでは
 なにもしてくれないように
 思われるかもしれません。
 基本的に、私はあなたの体を非常に深い
 休息の状態に置きたいのです」

チトラは物事を信頼する人だったので、
そのクリニックに行くことを承諾しました。

もちろん、他に選択肢が
なかったということもありますが。

現代医学は、彼女のがんに
物理的な攻撃をするという戦略の下、
ありとあらゆることをしていました。

疾病部分を攻撃することの第一の利点は、
できるだけ早くそれを体から
消し去ることが望めるという点です。

大きな欠点は、体の一部を攻撃することで、
体全体がダメージを
受けてしまうということです。

化学療法の場合、
免疫システムが非常に弱められるため、
将来的に他のがんが発生しやすくなるという
大きな危険があります。

しかし、乳がんを放置しておくことは、
生命を脅かすことだと考えられており、
今日の医学は、短期間で
乳がんを切除する技術にたけています。

恐怖に支配された意見が多数派を占める中では、
人は病気のリスクよりも、
治療のリスクを冒すことを選ぶのです。

マサチューセッツ州ランカスターにある、
私が働いているクリニックを
チトラに紹介しました。

彼女はそこに1週間滞在し、
治療を受けました。

そして食生活の改善、アーユルヴェーダの薬草、
簡単なヨーガや瞑想指導を含む特別な日課など、
退院後のプログラムの指導も受けました。

これらは一見治療とは
異なるものに見えますが、根底において、
すべてが治癒のための基盤をつくり、
落ち着いて安らいでいる状態へと
彼女を導くためのものでした。

アーユルヴェーダでは、
どのような病気を治療する場合でも、
完全な深いリラックス状態にあることが
最も重要な前提条件なのです。

その基本的概念とは、
体は病気によって乱されない限り、
どのようにしてバランスを
保つかわかっている、というものです。

よって、体自体が持つ
治癒能力を回復させたいなら、
なんとかして体を本来のバランスに
戻してやる必要があるのです。

これはシンプルですが、
非常に重要な考え方です。

チトラも、がんの根源に
直接的に影響を与えるような
メンタル・テクニックを2つ教わりました
(この内容については後に詳しく述べましょう)。

チトラは、きちんとプログラムをこなし、
6週間ごとに私の元に診察を受けに来ました。

彼女はニューヨークの自宅でも
医師による化学療法を受け続けていました。

そのことについて話し合ったとき、
私は彼女にこう言いました。

「自信を持って、
 アーユルヴェーダだけに専念してくださいと
 言えればいいのですが―。
 そうすれば身体状態の悪化は
 もっと避けられるでしょう。
 しかしあなたの病状は重かったわけで、
 化学療法は外側からのアプローチとして
 作用しますしね。
 外側からと内側からのアプローチを
 並行して行い、それが真の治癒となることを
 期待しましょう」

ほぼ1年近く、
私はチトラの様子を見守りました。

彼女はいつも信頼しきった態度で
私の話に耳を傾けましたが、いつ来ても、
改善していないことは明らかでした。

肺のエックス線写真を見ても、
依然として状況は悪く、
息切れもひどくなっており、
病気の進行につれて衰弱も進み、
気分的な落ち込みも激しくなっていました。

声の調子からはパニックが感じられました。

ついに、予約の日にも
姿を見せなくなったので、
私はその週が終わるのを待って、
彼女の家に電話をかけました。

それは悪い知らせでした。

夫のラマンが電話に出て、
彼女は突然高熱を出し、
週末に入院しなくてはならなくなったと
言いました。

少し前から、胸腔内に水がたまっており、
主治医は感染が起きているのではないかと
考えていました。

予後は悪く、チトラが退院できる保証は
ありませんでした。

そんな折、
非常に興味深いことが起きたのです。

抗生剤投与をして1日か2日経った頃、
40度の熱が平熱に戻ったのです。

これには担当医師も驚きました。

末期的な症状にある患者が
感染症による高熱を出した場合、
これほど急速に下がるということは
非常に珍しいことでした。

感染以外の他の理由による高熱が
ありえるでしょうか? 

医師は胸のエックス線写真を
撮ることにしました。

そして翌日、ラマンは
混乱と喜びが入り混じったような声で、
私に電話をかけてきたのです。

「がんが消えていたのです!」。

ラマンは電話口で喜びにあふれた声で
私に教えてくれました。

「なんですって?」。

私はびっくりして聞き返しました。

「がん細胞が見つからないのです。
 ひとつもです!」。

ラマンは喜びを抑えることが
できないでいました。

「チトラの担当医師は最初、
 違う患者のエックス線写真だと思い、
 撮り直そうとしたらしいのですが、
 今ではもう納得しています」

大喜びし、安堵(あんど) し、
この突然の救いについて
説明がつかなかったため、
ラマンは妻の回復は
奇跡が起きたのだと思いました。

病室のチトラに私が電話をすると、
彼女は電話越しで泣き続けました。

「あなたのおかげです、ディーパック」。

私は

「いいえ、チトラ、
 あなたが自分で治したのですよ」

と言い続けました。

私は、現代医療であれ、
アーユルヴェーダであれ、
彼女が受けた治療の結果、
これほど急激に治癒がもたらされるとは
まったく予想していませんでした。

後から思えば、彼女が高熱を出したのは、
腫瘍壊死(えし)として知られるプロセス、
つまり滅びゆく腫瘍の
一種の燃焼のようなものでした。

でもその一連のメカニズムが
厳密にどう作用するのかはわかっていません。

もしも奇跡的な治癒というものが
存在するとしたら、
これこそまさにその例であると
私は確信しました。

しかし、数週間も経たないうちに、
私たちが共有した喜びは変化し始めていました。

チトラの「奇跡」は続かなかったのです。

まずは彼女自身の内側から
損なわれていきました。

不思議な回復を信頼することができずに、
またがんが再発するのではないかという
病的なおそれを抱き、
葛藤(かっとう)状態になってしまったのです。

彼女は、また化学療法を再開すべきかどうか
尋ねるために私に電話をかけてきました。

「がんが消えて、もう2か月になりますね」。

私は言いました。

「あなたの主治医は
 新しいがん細胞を見つけたのですか?」

「いいえ」。

チトラは言いました。

「でも、先生は化学療法のおかげで
 よくなったのだから、
 また続けるべきだと考えているのです」

私はもどかしさを感じ始めました。

チトラの受けていた化学療法が、
このような突然の完全治癒を
もたらすなどということは
知られていませんし、
ましてや他の場所に
転移し始めていたようながんの場合は、
なおさらです。

そのことは私も、
彼女の主治医もわかっていました。

また、彼女は耐え難いほどに
衰弱しきっていました。

化学療法のために、
ほとんど四六時中吐き気を催し、
乳房の手術跡を
恥ずかしく感じているところに加えて
髪もおそろしいほど抜け落ちていました。

こうしたすべてが、
私たちが試みていた
アーユルヴェーダの治療を
損なうことになっていたのです。

もしもっと化学療法を続けたら、
彼女の抑うつ状態はひどくなり、
感染症にさらにかかりやすくなり、
全身が衰弱してしまうでしょう。

しかし同時に、化学療法をやめさせるだけの
十分な理由も持ち合わせていませんでした。

もし6か月経って再発し、
死んでしまったらどうなるでしょう?

「化学療法を試してみてください」。

私はアドバイスしました。

「でも私のプログラムも
 きっちりと続けてくださいね」。

チトラは同意しました。

それからさらに数か月経ち、
病気は再発していませんでしたが、
彼女はやはり不安を感じ、
当惑したままでした。

がんが再発するのではないかという
不吉な疑念は、
がんそのものを打ち負かすよりも
難しいかのようでした。

チトラの苦渋に満ちたジレンマこそ、
この本を書く出発点となりました。

彼女が再び元気になるためには
納得のいく説明が必要でした。

いったい彼女になにが起こったのでしょう? 

彼女の治癒は、
最初に思ったとおり奇跡なのでしょうか?

それとも後におそれることになる
一時的な執行猶予に
過ぎなかったのでしょうか? 

心と体の関係に深く入り込むことによって、
答えが見つかるのだと私は信じています。

アメリカと日本で行われている
がんの自然治癒に関する研究によって、
治癒が起こる直前には必ずと言っていいほど、
どんな患者も意識の劇的な変容を
経験しているということがわかっています。

患者は、自分が治るということがわかっており、
その力は自分の内側にありながらも
自分だけにとどまらず、
個人という境界を越えて自然界全体へと
広がっていると感じています。

突如として
「自分は、体に限定された存在ではないのだ。
 自分のまわりに存在するものすべてが、
 自分をかたち作っているのだ」と感じます。

そんな瞬間に、
患者はがんが存在すること自体が不可能になる、
意識のあらたな次元へと跳躍します。

そんなとき、
がん細胞は文字どおり一夜にして消滅するか、
もしくは少なくとも増殖が止まって安定し、
体を損なうこともなくなるのです。

このような意識の跳躍にこそ、
鍵があるように思えます。

しかし、それは一瞬にして起こらなくては
ならないというわけではありません。

チトラは、アーユルヴェーダの
テクニックをとおして、
時間をかけてはぐくんでいきました。

よって、意識を高い次元に保つ能力は、
体調と密接な関わりがありました。

なんとかがんは消えたものの、
がんが再発するのもまた十
分にありうることでした

(私はこのことを、
 左手の指を滑らせると音程が変わる
 ヴァイオリンの弦のようなものだと考えます)。

科学者なら、このような突然の変化について
考えるときに思い浮かぶのは、
「クォンタム(量子)」という言葉でしょう。

この言葉は、あるひとつの機能の次元から、
より高次の次元へと不連続に変化すること、
つまりクォンタム・リープ(量子的飛躍)を
意味しています。

クォンタムとは専門用語でもあり、
かつては物理学者にしか
知られていませんでした

が、今では一般的な言葉になりつつあります。

クォンタムとは正式には、

「分割できない最小単位で、
 その中で波動が発せられたり
 吸収されたりしうるもの」

であり、これはイギリスの著名な物理学者
スティーブン・ホーキングによって
定義されたものです。

平たく言えば、クォンタムとは、
光は光子から成り、
電気はひとつの電子の持つ電荷から成り、
重力は重力子
(まだ自然界では見つかっていない、
 仮説的クォンタム)
から成っており、
あらゆるかたちのエネルギーは、
それぞれクォンタムを基盤としており、
それ以上小さくはなりません。

より高次な次元への不連続的な跳躍、
そしてエネルギーのそれ以上は
小さくならないレベルという定義は、
どちらもチトラのようなケースに
あてはまるように思えます。

従って、彼女の身に起きたことを表すのに、
「クォンタム・ヒーリング(量子的治癒)」
という言葉を使ってみたいと思います。

新しい言葉ではありますが、
その治癒のプロセス自体は古くからあるものです。

通常の治癒の経過をたどらない病人は
これまでもつねに存在しました。

例えば、がんになっても
衰弱しない人々もわずかですがいますし、
腫瘍の増殖が統計的な予測よりも
ずっと遅い人もいます。

信仰療法、自然退縮、プラシーボ効果や
「ダミー薬」の効果的な使用といった、
不可思議であるという共通項を持つ治癒も
たくさんあります。

「意識」は、過小評価されがちな力です。

どれほどの苦境にあっても、
一般的には内なる気づきの力に焦点を当てたり、
その真のパワーを使ったりすることはありません。

しかし、誰もが意識を持っています。

おそらく、こうした奇跡も、
ごく普通の能力の延長線上にあるのです。

体が骨折を治癒するとき、
それが奇跡ではないとどうして言えるでしょうか? 

確かに治癒のプロセスとして、
医学が真似(まね)するには
複雑すぎるのかもしれません。

がんを自然治癒させることは奇跡であり、
腕の骨折を治すことが奇跡と見なされない理由は、
体と心の関係性に帰結します。

骨折は、心の介入がなくても
物理的に自然治癒します。

しかしがんの自然治癒は、心の特殊な状態、
例えば「生きたい」という深遠な意志や
見事なまでのポジティブ思考、またはその他の
類稀(たぐいまれ)な能力といったものに
依拠していると広く信じられています。

これが意味しているのは、治癒には、
標準的なものと標準からはずれたもの
(もしくは少なくとも例外的なもの)という
2種類が存在するということになります。

私は、この区別は間違っていると考えます。

腕の骨折が治るのは、意識が治しているのであり、
がんの奇跡的な治癒、
エイズ(AIDS)患者の長期生存、信仰による治癒、
病気にもかかわらず長生きする能力さえも
同じことがあてはまるのです。

なぜ誰もが治癒のプロセスをたどることが
できないのかという理由は、
そのプロセスを起こす能力が人によって
著しく異なるからです。

これはつまり、病気に対する反応が、
ひとりひとり異なるということなのです。

不治の病にかかった人のうち
1%にも満たないわずかな人々が、
病気をなんとか自力で治すことができます。

少し増えて、5%ほどの人々は、
平均よりもかなり長く生きます。

これは、 ほとんどのエイズ患者が
2年以上は生存しない中、
2%の人が8年以上生存しているということからも
裏付けられます。

こうした研究結果は、なにも不治の病だけに
限られたもの はありません。

深刻だが治療可能な病にかかった患者のうち、
良好な経過をたどるのは
たった 20 %であるということが
研究によって示されています。

このことは、 80 %の患者が治らないか、
もしくは部分的な回復しかしないことになります。

なぜ治らない人のほうが多いのでしょうか?

治る人と治らない人との違いはなんなのでしょう?

治った患者とは、
自分自身の治癒力を働かせることが
できるようになったということはないでしょうか。

そして中には
それ以上のことが起きている人々もいます。

彼らは量子的治癒の
秘訣(ひけつ)を見つけたのです。

心と体のつながりについてマスターしたのです。

現代医学は、そのような治癒を再現するための
スタート地点にも立てないでいます。

なぜなら薬や手術に依存する治療には、
これほど正確なタイミングで美しく調整され、
穏やかで副作用もなく、そして無理なく
自然に起こるものなどないからです。

完治した患者たちの治癒能力は、
それ以上先には行けないほど
深い次元から湧(わ)き起こってくるのです。

彼らの脳が体を刺激するために
なにを行っているかわかれば、
私たちはその治癒プロセスの基本を
理解することができるはずです。

しかし医学にはまだ量子的飛躍は起きておらず、
「クォンタム」という言葉が臨床の場で
用いられることはありません。

量子物理学では超高速加速器が使われるため、
量子的治癒では放射性同位体やエックス線を
用いると思われるかもしれません。

しかし、それはまったく違います。

量子的治癒は、外的なハイテク手法ではなく、
心と体のシステムの核へと向かうものです。

この核こそ、治癒が起こり始める場所なのです。

そこに向かい、
治癒反応を促進することをマスターするために、
細胞、組織、臓器、器官系といった
体のさまざまな次元を通り越え、
心と物質の分岐点、
つまり意識が実質的に効力を持ち始める次元へと
到達しなくてはなりません。

本書の前半では、クォンタム(量子)とはなにか、
そしてどう作用するのかということについて
述べています。

そして後半では、
量子とアーユルヴェーダという
2つの文化を融合させ、
ひとつの答えへとたどり着こうという
試みを行っています。

欧米の科学的な世界観は、驚くべきことに、
古代インドの叡智のビジョンを
裏付けするものとなっているのです。

これは、障壁を打ち破り、
文化的境界をものともせずに突き進む旅なのです。

こうしたすべてが解明されなくてはなりません。

私にそうすることを望んだのがチトラであり、
よって私は彼女のため、
ひいては彼女と同じようなすべての患者のために
本書を書きました。

答えが見出されないことには、
彼らの命は危機から脱することは
できないのですから。


あなたは「意識」で癒される
あなたは「意識」で癒される
ディーパック・チョプラ (著), 渡邊愛子,水谷美紀子 (翻訳)




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